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剣淵町の概要


【沿 革】


本町は、明治30年天塩国上川郡に剣淵村・士別村・多寄村・上名寄村が設置されたのに始まり、明治32年に屯田兵337戸が入地し、戸長役場が剣淵に置かれました。その後、明治39年に2級町村制が施行され、自治体として歩みだしました。  大正4年4月に現在の和寒町を、また、昭和2年10月に現在の士別市温根別町を分村し、昭和37年1月1日に町制を施行して現在に至っています。


【位 置】

北海道の中央部上川支庁管内の中央よりやや北に位置しており、南はパンケペオッペ川および6線川で和寒町と、東西は南北に縦走する小山脈、北は犬牛別川で士別市と境をなしています。

東  東経  142°27′10″
西  東経  142°16′20″
南  北緯   44°02′10″
北  北緯   44°11′00″


【広ぼう】

面  積   130.99ku


【地 勢】

本町は、名寄盆地に属し、中央部を天塩川の支流剣淵川が流れ、その流域は農業に適した平地であり、東と西の両側は丘陵地帯となっています。  町内北部の犬牛別付近からは、しじみやはまぐりの化石が発見され、古代には湖であったことが推測されます。  標高(海抜)は、最高440m、最低129mです。

【気 候】

内陸性気候に属しており、夏期は比較的高温多照に恵まれるが、晩夏から秋期にかけては曇の日が多い。雨量は春季に少なく秋季に多く、冬には雪が多く寒さが厳しい特色をもっています。

町長ごあいさつ



  北海道中央部の都市「旭川市」から、国道40号線を北に向かって50q程のところに、道の駅「絵本の里けんぶち」があります。ここが剣淵町の玄関口です。
 剣淵町は、明治32年に屯田兵によって拓かれた、豊かな自然と素晴らしい沃野が広がる純農村の町です。
 昭和63年、まちの若者たちが「けんぶち絵本の里を創ろう会」を結成、絵本を題材にまちづくりを始めました。その取り組みのユニークさが、マスコミで取り上げられ、「絵本の里けんぶち」としてその名が全国に広がっていきました。
 平成16年に、新しくオープンした「絵本の館」が、絵本の里づくり活動の拠点施設です。ここには、世界中の絵本、約45,000冊を収蔵し、全国への貸し出しも行っています。また「絵本の館」では、絵本原画展、読み聞かせ、絵本づくり、親子教室など様々な活動のほか、メインイベントとして「絵本の里大賞」を行っています。これは、前年度に全国で出版された絵本を対象にして、絵本作家や出版社から応募のあった絵本を「絵本の館」に展示し、来館した人たちの投票により大賞候補の絵本を選びます。大賞に選ばれた作家には、副賞として剣淵町産の安心安全な農産物を3年間にわたりお贈りします。
 絵本の里づくりは、このような活動を通して、町にある知的障がい者施設との関わりや、安心安全な農産物を生産する農家との結びつきを大切にしています。
 絵本と福祉と農業が一体となった文化を創造し、町では住民の皆さんが、絵本の持つ「温もりと優しさ」に触れ、「思いやりのある豊かな心」を育んでいます。
 その他、剣淵町には、温泉ホテル「レークサイド桜岡」や道北一の素晴らしいパークゴルフ場があります。ぜひ、皆様のお越しをお待ちしています。

剣淵町長 早坂 純夫

剣淵町の人口(平成28年7月31日現在)
人口・世帯数※()内は先月比
人 口

世帯数

全 体

1,600人(+2)

1,687人(-4)

3,287人(-2)

1,527(-2)


町章(昭和43年6月20日制定)

町章は「剣淵」をローマ字で書いた時の頭文字「K」をデザインしたもので、中央に位置する三角形は、郷土の安定と、盆地の中央にある町のシンボルのひとつにもなっている平波山を視覚的に表現したものです。また、鋭角の組み合わせは、未来への発展と躍進を力強く表し、外側の二重の輪は団結と協力および和を表現したものです。


町木(昭和53年7月11日選定)

北海道の雄大な大自然の中にあって、繁殖力が非常に旺盛なこの木は、屯田兵が剣淵町に入地した時から、既に一際ぬきんでた大木が「やちだも」でした。昭和31年9月1日、町の文化財に指定され、昭和43年には、北海道の名木100選にも選ばれました。やちだもは、本町開基80年(昭和53年7月11)に「町木」に選定しました。

やちだもは、モクセイ科トネリコ属の落葉広葉樹で、北海道に多く分布しています。弾力性に富むので、バットやスキー板などに重用されています。  


町花(昭和53年7月11日選定)

かつては秋の訪れとともに、明るい紫色の花が開く、エゾリンドウが自生していました。すでに、剣淵町内には自生または群生している場所はないといっていいほどになりました。入地当初から人々の心を慰めてきたエゾリンドウは、剣淵町を築き上げた先人の労苦をしのび、郷土発展にふさわしい花として、本町開基80年(昭和53年7月11日)に「町花」に選定しました。            

エゾリンドウは、リンドウ科リンドウ属の多年草です。日本原産で、北海道から本州近畿以北にかけて分布し、山地の湿地帯に生えます。ホソバエリンドウの変種です。


町民憲章(昭和48年11月3日制定)

まちづくりの規範とする町民憲章は昭和48年に制定されました。この頃、過疎の進行する市町村においては、愛郷心を養成し、町民としての誇りと自覚を高める必要性が重視されました。多くの市町村が憲章制度と取り組む中で、本町においてもそうした気運の中から住民要望もあって、同年5月「剣淵町民憲章制定準備委員会設置要綱」を定め、10人の準備委員を置き、草案をまとめて、一般住民335人にこの草案を示し、アンケート方式でまとめた意見で草案を修正、町長に答申しました。町はこれを国文法の大家として知られる坂本冨貴雄(元学芸大学旭川分校教授)さんに推敲を願い、その指導を得て同年11月3日、文化の日を期して制定に至った。

わたくしたちは 北国の風雪に耐え たくましく生きぬいた先人の開拓精神を受けつぐ町民です ここに 農業を 基盤としての躍進に願いをこめてこの憲章を掲げます。

 一.郷土に足をふみしめ 強く生きぬく町民

 一.働くことに誇りと喜びをもつ町民

 一.健康であたたかな家庭の輪を広げる町民

 一.教養を高め 豊かな文化を創造する町民

 一.固いつながりをもち きまりを守る町民


町歌(昭和43年7月25日制定)
町歌は、町章と同じ昭和43年、開基70年の記念事業で作成しました。歌詞は一般公募によって淵柳光男さんの作品が選ばれ、当時、学芸大学旭川 分校の教授であった坂本冨貴雄さんが補作し、同年7月25日の町議会で議 決され制定されました。作曲は、教員を退職後、剣淵に在住していた斉藤学児さんです。


剣淵小唄
昭和28年頃(剣淵市街にスズラン街灯がつけられ、剣淵村史が発行される間)その動機も定かではありませんが「剣淵小唄」が作成されています。当時、村内に設置されていた有線放送を通じて幾度も紹介されていましたが、この唄を知る人も少なくなっています。

作詞 寺地 松男(当時の剣淵郵便局長)
作曲 石井 芳朗(剣淵町出身で当時長く剣淵中学校で音楽を担当していた教諭)



剣淵音頭「大地の歌」
剣淵音頭は、開基100年(平成10年)を期して作成されました。「大衆むきで普段口ずさむことができ、踊ることのできる唄がほしい」とする住民要望(特に各婦人団体)もあって100年記念事業で作成することになりました。歌詞は、一般町民から公募した中から、鹿野登美子さんの作品が選ばれました。作曲は踊り用の振り付けも要するため、専門業者に委託することとなり、歌詞の推敲も併せて委託しました。業者は、製作者に作詞作曲家として活躍する長坂純一さんを充て、応募作品の歌詞を元歌として補作、剣淵音頭に「大地の歌」と題名を付して作成しました。



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